ニホンザルの社会
ニホンザルの群れ

ニホンザルは通常、数頭のおとなのオス、その2~3倍のおとなのメス、そしてその子供たちから成る群れをつくって生活しています。数頭から数十頭、100頭を超える大きな群れも稀にあります。生息している環境にもよりますが、ニホンザルの群れは半径数km程度のよく利用する特定の行動範囲を持ち、その中を常に移動しながら生活しています。
メスは基本的に生まれた群れで一生を過ごしますが、多くのオスはおとなになる前に群れを出ていきます。その後、ハナレザルとして行動するものもいますが、やがてどこかの群れに加わります。そして生涯にわたっていくつかの群れを渡り歩くようです。
群れの実際上のまとまりは、おとなメスたちとその子供たちの関係によって成り立っています。特定のサルが力に任せて他のサルを従えると言ったものではありません。お互いが頼り、頼られる信頼の上に成り立っています。
コミュニケーション

サルたちが様々の情報を得る方法として最も重要なものは視覚によるものです。サル同士がお互いに意思疎通を図る場合も視覚によるところが大きいのです。相手の表情や態度を見て気分を読み取ります。
言葉と呼ぶほどのものではないですが、ニホンザルにもいくつか代表的な音声があります。危険を察知したときの警戒音、威嚇の声、悲鳴、存在を示す声、等々。声の大きさや微妙なニュアンスの違いで感情を伝えます。それらの音声を発することにより注意を向けさせて、最終的には視覚で認識します。聴覚、嗅覚も人より優れているようですが、サルたちは視覚を中心に五感を総動員して生活しています。
群れを形成して生活するサルたちにとって、お互いの意思を理解するのは非常に重要なことです。お互いに態度や雰囲気を常に意識しています。ヒトの社会で言う「場の空気を読む」ということでしょう。サルはそう言ったことに非常に長けています。
父親はいない
ニホンザルの社会に特定の配偶関係(夫婦)はありません。交尾期になるとオスもメスも複数の相手と交尾を繰り返します。実際に子を産むメスと子は母子の関係がハッキリしていますが、オスに父と子と言う関係はありません。オスは自分の子がどれかわからないし、子も自分の父が誰か分かりません。父子の関係はDNA鑑定でもしなければわかりません。
父子の関係がないのだから、オスは子育てにもかかわりません。母親だけが乳を与え、常に一緒にいて守ります。それ故、メスは自分の子供や近親の子しか守りません。よその子供が危険にさらされていても助けません。そこでオスの出番です。オスは誰かれなく群れのサルたちに異変があれば駆けつける、言うなれば、オスは群れ全体の父親の役目を持っていると言えるでしょう。
ボスザルはいる?

ニホンザルというと直ぐにボスザルを連想する人が多いようです。実際に地獄谷でも訪れる人の多くが先ず口にするのが「ボスザルはどれですか?」です。
では、皆さんが思い浮かべるボスザルとはどんなものでしょう?
ボスザルのイメージは体が大きくて威張っていて、いつも高いところにいる。エサは真っ先に食べて、子ザルはすべてボスの子。若い世代と戦い、敗れると群れを追いやられる、等々。。。
私が長年サルたちを見ていても、先輩職員や研究者の話を聞いてもそのようなことは全くありません。
体格は大人のオスならば皆それなりに大きく大差はありません。威張っているというよりも他のサルが遠慮しているのです。確かに、高い木に上って木ゆすりをしたりすることもありますが、木陰や岩陰でのんびりしていて姿が見えないことの方が多いのです。
森の中では我先にと争わなくても食べ物は得ることができます。すべてのオスとメス、交尾相手を決めるのは自由です。ボスの座を争ってオス同士の壮絶な戦いなんてものは見たことがありません。
一般に浸透しているイメージのようなボスの優位性は見当たりません。他の若いオスたちにしてもいつかボスになってやろうと思って生きているとは考えられません。やがて群れを離れてゆくオスにとって一時の順位などどうでもよいことです。
ニホンザルは群れのすべてのサルに順位が決まっています。一般には、その第一位のサルを「ボス」と呼んでいます。群れに外敵が迫った時に率先して対抗したり、ハナレザルが現れた時に睨みを利かせたり、それらしい行動も多少あります。群れ内で小競り合いがあったら出張って行って制裁を加えていさめるのも順位の高いオスの重要な役目です。群れのサルたちから頼りにされ、一目置かれている存在なのは確かです。
地獄谷野猿公苑では敬意を込めて代々1位のオスに龍王という冠名をつけています。最近ではニホンザル関係者の間でボスと言う呼び方はやめようという動きもあります。しかし、一般の方々には浸透していません、いまだにボスです。ボス、リーダー、1位オス、αオス、呼び方はいろいろありますが、呼び方よりも実態を知っていただきたいのです。