地獄谷野猿公苑 JIGOKUDANI YAEN-KOEN

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野猿公苑の一年

山々を覆っていた雪が溶けだして、南向きの斜面から徐々に地表が現れます。4月、地獄谷に遅い春がやって来ます。長く厳しい冬を耐えてきたサルたちが待ちわびた季節です。草や木が芽を出し、食べ物が豊富になります。サルの初春の主な食べ物は、若草や、木の若芽、若葉、花やつぼみなどです。特にブナの花芽や若葉、ダンコウバイ、オノエヤナギ、イタヤカエデ、ハルニレの花などは好んで食べます。花やつぼみは柔らかく、ほのかに甘くて旨いのでしょう。

地獄谷にヤマザクラが咲く頃、サルたちは出産の季節を向かえます。4月下旬から6月下旬にかけて、次々に新しい命が誕生します。産まれたばかりのかわいい赤ちゃんを観察することが出来ます。

カエル、トカゲ、ヘビ、冬眠していた生き物も姿を現します。オオルリ、コルリ、キビタキといった渡り鳥がやってきます。5月になると草木は急速に葉を茂らせます。エゾハルゼミの鳴き声が森に響き渡ります。ニホンカモシカの出産はニホンザルより少し遅く、6月ごろです。運が良ければ赤ちゃんカモシカに出会えます。

ヤマアジサイが咲き始めると夏の訪れです。梅雨明けくらいまでは薄手の上着があると便利でしょう。

北信濃の短い春はあっと言う間に通り過ぎ、草木が急速に葉を茂らせ、山々は深い緑に覆われます。タニウツギ、ヤマツツジ、ウツギ、ヤマアジサイ、次々と初夏の花が咲き変わり、梅雨を経て真夏へ向います。このころになるとサルたちの毛が抜け変わり、艶やかな短い夏毛に生え変わります。サルたちは夏の暑さが苦手。大人のサルたちは日陰でのんびり過ごす時間が多くなります。子ザルたちは暑さにも負けず元気に転げまわっています。

ニホンザルの食べ物は主に植物ですが、昆虫も食べます。他の動物の肉や魚は食べません。生息する地域によってもニホンザルの食べ物に違いがあるようです。

夏になると春に生まれた赤ちゃんも足腰がしっかりし、母親から少し離れて赤ちゃん同士が集まって遊び始めます。歯も生えて、母乳以外の食べ物も口にし始めます。

谷間をトンボやチョウが飛び交います。地獄谷ではミヤマカラスアゲハが目立ちます。夏だからと言って、ビーチサンダルやスリッパなどの軽装はお勧めできません。イラクサやノバラなど、棘のある植物もあります。マムシやヤマカガシと言った毒を持つヘビも生息していますし、蚊やハチ、アブも多く注意が必要です。

標高800mを越える地獄谷は真夏でも気温が30℃を越えることは多くありません。地獄谷の夏は短く、お盆を過ぎるころには秋の気配が漂い始めます。

まだ夏の余韻を残している9月、既に森では実りの季節を迎えています。クルミ、クリ、マンサク、ブナ、ヤマブドウ… 森には様々な木の実や果実が実ります。サルたちは栄養価の高い木の実をたくさん食べて冬に備えなければなりません。それらの木の実を求めて森林を駆け巡ります。サルたちが一年でもっとも忙しい季節です。

そして、森の木々が赤や黄色に色付く頃、サルたちに交尾の季節が訪れます。顔と尻がよりいっそう赤くなり、オスたちは全身に力をみなぎらせ精一杯のアピールを繰り返します。群れ全体が緊張感に包まれ、お互いの行動を気にかけます。地獄谷に初雪が舞う頃には交尾期も終息に向かい群れも平常に戻ります。そのころにはもう森に美味しい木の実はありません。

サルだけでなく他の動物も冬に備えて活発に動き回ります。リスが巣に木の実を運んで行くために遊歩道をかけてゆくのを見かけます。10月も半ばを過ぎると谷の中まで紅葉が進んできます。11月には最低気温が氷点下まで下がり、霜の降りる日もあります。そして初雪、森の木々は葉を落とし、雪を待つだけになります。

地獄谷に雪を伴って北風が吹きつけます。サルたちにとって長く厳しい冬の訪れです。春に生まれた赤ちゃんもこのころになると赤ちゃんと呼ぶより子ザルと呼ぶのが相応しいほど成長しています。まだ母乳も飲んでいますが、もう自力で食べ物を探せます。

山々は深い雪に覆われ、冬の間の食べ物といえば樹皮や冬芽くらいです。そんなものからわずかな栄養を得て厳しい冬を耐えます。年間を通して、サルたちが時々土を食べているのを見かけます。植物からは得られないミネラルを摂取していると考えられています。

夏に抜け変わった毛も伸びて冬の準備が出来ています。互いに身を寄せ合って寒さに耐える日々が続きます。秋に木の実をたくさん食べて身に付けた体力で冬を乗り切ります。

例年12月半ばには、まとまった雪が降り、積雪になります。山々が雪におおわれるころになると高山からイワヒバリが越冬に地獄谷まで下りてきます。木々が葉を落とし、山々が雪に覆われるとニホンカモシカが観察しやすくなります。サルもカモシカも日当たりの良い南斜面にいることが多くなります。

気温は常に氷点下、最低気温が-10℃を下回ることもあります。地獄谷の深い谷底に日差しは届きません。そんな環境だから、寒さをしのぐために温泉に入ります。

近年は暖冬傾向が続いていますが、一晩で40cm、50cmの雪が積もることも珍しくありません。1月から2月のもっとも寒い時期には1mを越える雪に覆われます。この時期の地獄谷を訪れるには十分な防寒装備が必要です。